2006年
7月23日 生野義挙史蹟調査
生野銀山(山田顕義終焉之地)、生野義挙址、生野書院、延應寺(生野義挙集結地)、黒田與一郎・中島太郎兵衛顕彰碑、山口護国神社(殉節忠士の墓、南八郎奉献額、山伏岩)、青谿書院、青谿書院記文碑、青谿書院資料室、平野国臣捕縛の地、西念寺(木戸孝允公潜伏遺跡)、贈従四位多田弥太郎君碑・贈正五位高橋甲太郎君碑・贈従四位中條右京君碑、多田弥太郎顕彰碑、美国神社(美玉三平・中島太郎兵衛墓)、中條右京・長曽我部太七郎の墓

●某龍馬会のイベントの下見で行きました。天誅組に生野義挙・・・。滅び行く武士道に感動を覚えますが、生野義挙は天誅組より無謀な計画で、四日間で壊滅します。

7月19〜21日 東京史蹟調査
護国寺(三条実美、山県有朋、山田顕義、清岡公張、大隈重信、大倉喜八郎、田中光顕、南部利剛墓)、

雑司ヶ谷霊園(岩瀬忠震、小栗上野介、成島柳北、ケーベル、加藤弘之、千葉重太郎・定吉、川本幸民、中島錫胤、中浜万次郎墓)、

染井霊園(下岡連杖、樺山資紀、戸田光則、高村光雲、高良斎、山脇正勝、宍戸環、若槻礼次郎、小河一敏、松浦武四郎、松平定敬、谷田部三吉、土方久元、藤堂津藩主、福岡孝弟、幣原喜重郎、平田銕胤)、

谷中霊園(安東真鉄・井上正鉄、伊東祐弘、雲井龍雄、塩谷宕陰碑・墓、岩村通駿、玉乃世履、戸塚大海、高松凌雲、佐々木信綱、佐々木男也、佐藤尚中、佐藤泰然、酒井忠興、渋沢栄一、重野安鐸、城坊俊政、村田経芳、大橋訥庵、大橋一蔵招魂碑、中村直正、津田真道、坪井信道・信良、田中芳男、渡辺小崋、南摩羽峯碑・墓、馬場辰猪、白根多助、福地源一郎墓)、

伝通院(清河八郎墓、澤宣嘉墓)、徳川慶喜終焉地、徳川慶喜巣鴨屋敷跡、日輪寺(林子平墓)、豊島ヶ岡墓所、本行寺(永井尚志墓)、本妙寺(遠山金四郎・千葉周作墓)、桂太郎墓、豪徳寺(井伊直弼墓)、慈眼寺(司馬江漢、芥川龍之介墓)、勝国寺(土屋蕭海墓)、勝林寺(田沼意次墓)、松陰神社、真珠院(水野忠誠墓)、善心寺(栗本鋤雲墓)、善性寺(浜田藩戊辰殉難者碑)、大塚千儒墓地

●都内の史蹟を廻りましたが、ほとんどが墓石でした。夏の盛りでしたが、そんなに暑くなかったように思います。これで都内の四大霊園は制覇しました。あとは多磨霊園かな・・・。

7月14日〜18日 北海道史蹟調査
函館
 沖野口番所(箱館郵便役所跡)、亀田八幡宮、特別史跡五稜郭公園(函館博物館五稜郭分館、五稜郭タワー、五稜郭箱館奉行所兵糧庫跡、箱館戦争供養塔)、土方歳三銅像、土方歳三記念館、光明寺(旧幕軍・官軍戦死者墓)、高龍寺(傷心惨目碑)、四稜郭、旧称名寺、実行寺(旧幕戦死者墓)、称名寺(土方歳三・高田屋嘉兵衛墓、野戦病院跡)、咬菜園跡、高田屋屋敷跡・高田屋嘉兵衛銅像、千代ヶ岡陣屋跡、旧東照宮と権現台場跡、七重浜、中島三郎助父子最期の地碑、新島襄海外渡航の地碑、函館護国神社(新政府軍墓地)、箱館奉行所跡、八幡坂、碧血碑(柳川熊吉翁碑)、土方歳三函館記念館、土方歳三最期の地碑、弁天台場跡、己巳役海軍戦死跡、武蔵野楼跡、南部藩陣屋跡、函館山、ペリー会見地、ペリー銅像、諸術調所跡、箱館病院跡

松前
 沖の口役所跡、ゴローニン幽閉地、法華寺(赤羽音吉墓、大庭久輔・関清輔墓、砲台跡)、松前城(福山城)、藩屋敷、松前奉行所跡、松前招魂社、松前藩主墓所、折戸浜古戦場・砲台跡

江差
 法華寺(檜山奉行所正門)、江差招魂社(王政維新五十年記念碑、駒井政五郎墓、幕府軍艦開陽丸記念碑)、開陽丸、開陽丸記念館、開陽丸終焉之地、檜山奉行所跡、順正寺

大野
 意富比神社の戦い、市渡小のクリの木、稲荷神社・川濯神社(旧幕軍作戦本部)、佐藤安之助墓、硝煙倉の沢、天狗岳、中山峠、二股口古戦場跡二股口、無縁墓地、無名戦死者の墓、野戦病院跡地

乙部  箱館戦争官軍上陸の地
木古内  木古内古戦場、咸臨丸座礁地、建有川寒門跡、
知内  イギリア号遭難の地
七飯  峠下古戦場、宝琳寺(新政府軍墓)
森   鷲の木上陸地、箱館戦争鷲ノ木戦没者之碑、霊鷲院、南部藩砂原陣屋跡
厚沢部  稲倉山古戦場(碧血碑)、館城址
上磯  戸切地陣屋跡、富川八幡宮、不来台場跡、矢不来天満宮、有川官修墓地
上ノ国  芯止ノ松、大滝古戦場跡
南茅部  川汲峠

●結婚10周年記念に道南4泊5日の幕末史蹟調査旅。最高に充実した旅でした。家族3人で、思いっきり幕末を堪能しました。奥さんは榎本武揚が好きなので、この旅はぴったり。箱館戦争の史蹟を丁寧に全部廻ることが出来ました。写真の整理に数時間要しましたが、いい写真がいっぱい撮れて上機嫌です。

5月17日 愛知史蹟調査
崋山神社、渡辺崋山銅像、池ノ原幽居地、城寛寺(渡辺崋山墓)、田原城、不忠不幸渡辺登碑

●仕事で愛知県下に行った折、時間を見つけて田原町へ。渡辺崋山の史蹟調査に行きました。下調べも十分せずに行ったので、オーソドックスな史蹟のみを見学してきました。

5月6日 京都史蹟調査
狐塚(都城六勇士墓)、妙心寺大法院(佐久間象山墓)、天竜寺(弘源寺・長州藩士の刀傷、松厳寺・龍馬銅像、寿寧院・お竜楢崎将作顕彰費・供養墓)、長遠寺(人見勝太郎墓)、松林寺(見廻組屯所跡)、永井尚志邸跡、妙法院(七卿落ち出発の地)、智積院(山内容堂本陣)、小枝橋

●この日もS氏を京都引き回し。妙法院大法院が春期特別公開をしていたので、見学に行きました。佐久間象山墓は非公開でしたが、係員の特別のご配慮でお参りさせて頂くことが出来ました。これはなかなか良かったですよ。その後、嵐山へ。天竜寺境内の弘源寺(長州藩士刀傷)、松厳寺の龍馬像、天明院の楢崎将作・お龍の供養墓を見学。長遠寺の人見勝太郎墓と、松林寺(見廻組屯所)を見学後、春期特別公開中の妙法院(七卿落ち出発の地)をじっくり見学しました。

5月5日 天誅組史蹟調査
安堵町歴史民俗資料館「天誅組展」見学・今村文吾墓と額安寺(伴林光平立ち寄り地)、三枝しげる生家(淨蓮寺)、藤堂藩古市代官所跡、奈良奉行所跡(奈良女子大)、川路聖謨記念碑、奈良町資料館、柳生正木道場(京都所司代建物を移築)

●東京の編集者兼幕史研メンバーのS氏ご夫妻が来阪したので、久々に天誅組を散策しました。「天誅組展」を見学。草奔義挙研究家の草村氏の主催。規模は小さかったですが、見応えのある資料と丁寧な解説に感動しました。行って良かったです。藤堂藩古市代官所は大まかな住所と写真を頼りに史蹟捜索。長年の史蹟調査の感と、史蹟のニオイ、そして史蹟のありそうな場所を総合勘案して発見!! 探すヒントは旧街道です。でも発見できて良かったね。早速みなさん、写真を撮り始めました。柳生はのどかな風景と、柳生剣術師の子孫らしい老人たちが畑仕事をしていました。

4月22日 彦根史蹟調査
古高俊太郎生誕地・顕彰碑、金剛輪寺水雲閣(赤報隊結成の地)、高源禅寺(村山たかの肖像画)、天寧寺(井伊直弼供養塔・長野主膳墓・村山たか供養塔・五百羅漢)、清涼寺(井伊直弼参学道場)、龍譚寺(文塚・井伊家菩提寺・石田三成銅像)、井伊神社、埋木舎、彦根城、長野主膳宅跡、家老宅跡、義言地蔵(長野主膳処刑地・牢屋跡)

●守山の古高俊太郎生誕地と顕彰碑を見学して、金剛輪寺の水雲閣へ。赤報隊結成の場所です。高源禅寺では村山たかの肖像画を見ました。最晩年の肖像画で老婆の姿をしていました。
●彦根に入って天寧寺には井伊直弼供養塔と長野主膳墓、村山たか供養塔に、五百羅漢を見学し、清涼寺へ。ここは井伊直弼が学んだ参学道場があり、龍譚寺には文塚と井伊家菩提寺に石田三成銅像を、井伊神社は朽ち果てて哀愁を感じました。
●彦根城近辺には、埋木舎から、彦根城、長野主膳宅跡から家老宅跡が多数あり、ゆっくり徒歩で散策しました。義吉地蔵は、長野主膳が処刑された場所に建っている地蔵で、牢屋がその近辺にあったそうです。
●桜は散り始めていましたが、残る桜もあり、満開の時はさぞきれいだろうと思うほど、桜がたくさんありました。それに、新緑の緑が鮮やかで、寺の庭もきれいで、史跡調査にプラスして庭園散策もでき、満喫した一日でした。

4月9日 京都史蹟調査
勤王家殉難の地・小泉仁左衛門宅址、相良三兄弟墓、西念寺(西川耕蔵墓)、車折神社(葵忠社)、正定寺(福田理兵衛墓)、天竜寺(弘源寺・長州藩士の刀傷、松厳寺・龍馬銅像、寿寧院・お竜楢崎将作顕彰費・供養墓)、狐塚(都城六勇士墓)

●さすがに桜の季節はどこもかしこも人がいっぱいでした。あまり混まないところに行きましょうということで、京都の郊外の史蹟を重点にまわりました。まず樫原にある勤王志士三士の墓と遺跡、西念寺の西川耕蔵の墓。西川耕蔵の墓は、新しくなっており、前の墓石も残されていました。これは発見! それから太秦方面へ移動して、車折神社境内にある福田理兵衛を祀る癸忠社に、正定寺にある墓を探索。この車折神社は芸能の神様を祀るところで、芸能人の名前がいっぱいありました。米倉涼子の名前があったときは感動!!しました。かつみ&さゆりや里見浩太朗などすごかったです。
●車で嵐山へ入るのは不可能と判断し、車折神社に車を置いて(勝手に)、嵐山電車に乗車し、嵐山へ。案の定人の波・・・。人混みをかき分けて、天竜寺へ。ここには龍馬の銅像がある寺や、お竜・楢崎将作の顕彰碑があったり、見所一杯。そして長州藩が禁門の変の時には、ここを屯所としていた。その弘源寺には長州藩士の刀傷のある柱があります。特別公開の時しか入れませんが、今回はその期間中だったので入って見学。まあ、普通の刀傷ですわ。その後、南区の狐塚にある都城隊士の墓詣りをしました。

3月16日 萩史蹟調査
松下村塾・松陰神社・吉田稔丸生誕地・伊藤博文別邸・東光寺・吉田松陰墓所・高杉晋作隠棲地・奥平謙助生誕地・周布政之助生誕地など

●仕事で久々に九州に行くことになり、その行き道に萩に寄ることを決意した。久々の夜行バスではほとんど寝ることが出来ず、うたた寝を繰り返して早朝萩に到着。レンタサイクル借りるも雨のため断念してレンタカーに切り替えるが、ぐしょぐしょになった服で史蹟をまわる気持ちが萎え、早々に引き上げてしまった。今度は雨の降らない季節に長期間行ってやる!!

2月9日 滋賀・愛知史蹟調査
金剛輪寺(赤報隊結成地) 法蔵寺(近藤勇の首塚)

●この日は、仕事の合間を縫って、調査に行きました。すごい大雪で、ノーマルタイヤの私はドキドキしながら運転。無事史蹟にたどり着きました。法蔵寺は愛知県岡崎市にあり、徳川家康が幼少時代、勉学に励んだ由緒正しいお寺だそうです。

1月22日 京都史蹟調査
上賀茂神社、小谷墓地(太田垣蓮月墓)、神光院(太田垣蓮月隠棲の茶室)、霊源寺(岩倉具視歯牙塚) 等持院(河田小龍墓・足利三代将軍木像)、妙心寺天球院(北小路万之助墓)、妙心寺大通院(土佐藩本陣)、妙心寺慈雲院(土佐勤王党本部)、妙心寺大法院(佐久間象山墓)、 上七軒遊郭跡、北野天満宮(山国隊寄進石灯籠)、妙光寺(天章和尚終焉地)、法蔵寺(春日潜庵墓)

●久々の京都史蹟調査。今までに行ったことのないところということで、太田垣蓮月ではじまり、春日潜庵で終わるという超マニアックなコースとなりました。岩倉具視の歯を埋めた墓や、岩倉家一族の墓、足利三代将軍木像は大きさにびっくり! 想像以上の大きさで、この木像の首を引き抜いて三条河原に晒すとは・・・。妙心寺はほとんど非公開なので、墓石の写真は撮れず。佐久間象山の墓のある大法院は春に公開されるのでその時にでも・・・。北野天満宮では灯籠探し・・・。日没とともに終了。久々にいいお酒を飲みました。

1月18-20日 東京史蹟調査
円通寺

(死節墓、彰義隊士墓、戦死人墓、天野八郎墓、佐野豊三郎墓、小芝長之助墓、土肥庄次郎墓、仏磨和尚墓、松平太郎墓)、(新門辰五郎碑、相馬翁輔碑、高松凌雲碑、榎本武揚追弔碑、沢太郎左衛門碑、荒井郁之助碑、大澤常正碑、彰義隊士八人合同慰霊碑、大鳥圭介碑、木下福治郎・鷹羽玄道碑、後藤鉄次郎碑、佐久間貞一碑、中田正廣碑、永井尚志・岩之丞碑、町野五八碑、丸毛靭負碑、三河屋幸三郎碑、有縁諸霊碑、良馬碑)、寛永寺黒門、回向院、平賀源内墓、榎本武揚像

青山墓地(秋月悌次郎、有村次左衛門、有村雄輔、伊地知正治、稲葉正邦、大江卓、大久保忠尚、大久保利通、大鳥圭介、尾崎三良、小野権之丞、海江田信義、香川敬三、川路利良、加納鷲雄、木村喜毅、黒田清隆、黒田長知、河野敏鎌、小村寿太郎、後藤象二郎、相楽総三、佐佐木高行、沢太郎左衛門、篠原泰之進、白峰駿馬、周布政之助、関義臣、副島種臣、高崎正風、立見尚文、外島機兵衛、平井かほ、丹羽長国、二本松戦死者慰霊碑、野津鎮雄、野村辰太郎、橋本実梁、林謙三、林董、牧野忠泰、三浦梧楼、山川浩、吉井友実 など)

●円通寺は通常、墓所内には入れませんが、事前に連絡をして許可をもらえたら、参拝できます。心ないファンのせいで、自由参拝に出来ないことを悔やんでおられました。旧幕府軍の有名人の碑や墓が林立する聖地です。これは是非参拝されたし。黒門は明治40年に上野から移築されています。維持保存は円通寺さんがされています。感動の連続でした。その後、回向院へいきましたが、墓園改修工事で、墓石は違うところに保管されているようです。今年の7月には工事が完了するので、行かれる方はそれ以降に。その足で、平賀源内墓と榎本武揚銅像へ。辺りは真っ暗になったので、写真は撮影できず・・・。その途中に「三条別邸」跡を発見!! 三条実美の別邸があり、明治6年の政変のとき西郷の勢いに卒倒して倒れたあと、ここで静養したそうです。

●さて青山墓地ですが、ここに行くには忍耐と根性と、求道心に弁当、飲み物がなければ行けません。とにかく寒い一日で、かじかみながら墓石探しをしました。上記に記載されている人はある程度有名な人ですが、そのほかにも様々な方がいますが紹介は省略します。まず、赤坂高校横にある、墓地事務所で園内地図を貰い、それを片手にまわってください。史蹟紹介のページには効率よくまわる方法を記載します(だいぶ先になりますが・・・)。私は8時半から15時半までかかりました。一日仕事になりますよ。ただ桜の季節はいいらしいですが、撮影するなら冬に限ります。なぜかというと、雨天が少ない。快晴の日が多い、木々が茂っていない、ことですね。とくに墓石周辺には木々が沢山ありますので、夏は無理だろうな、と思われる墓碑がかなりありました。

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