結城市

光福寺(官軍土州上田楠次元永墓・信州須坂藩士土屋助平度永墓・信州須坂銃兵墓)
          
    光福寺                            官軍土州上田楠次元永墓
         
信州須坂藩士土屋助平度永墓            信州須坂銃兵墓            
「官軍土州上田楠次元永」「信州須坂藩士土屋助平度永」「信州須坂銃兵山崎與作良知ほか6名」の三基の墓石があるが、官修墓でなく無縁墓域にある。
 
上田楠次は香川敬三軍に所属し、流山で近藤勇を捕縛した。祖式金八郎支隊の軍監として慶応4年4月17日の戦いで負傷し、翌日には戦死している。(墓碑に慶応4年4月18日享年三拾歳)
 
墓碑を建立した人は、「官軍内参謀祖式信頼」で祖式金八郎が建てたが、占領地区の佐野藩への強引な軍費上納が総督府に知れ、官職剥奪され長州へ召還された。墓碑の建立はこの時期に当たり、処分を受けた者が作った墓は官修墓からはずされたのであろうか。
 
墓碑には山崎與作(28)、竹村源九郎(53)、中沢要作(34)、武田幸三郎(18)、藤沢八作(18)、雨宮六五郎(38)、壕内半平(37)の名前が刻まれている。銃卒とは歩兵のこと。
アクセス 結城市大字結城1394
結城城址
泰平寺(官修墓)

館林藩戦死者墓

アクセス 結城市武井518付近 廃寺なので、墓地のみあり
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