水戸市・常磐共有墓地

常磐共有墓地
 常磐共有墓地は1666年、二代水戸藩主 徳川光圀が菩提寺のない藩士のために城下の常磐村(現:水戸市松本町)に創設した墓地である。光圀は城下の上市に居住する藩士には常磐村の常磐共有墓地、上市に居住する藩士には現在の水戸市酒門町に酒門共有墓地を建立して、藩士の先祖供養の地と定めた。

 水戸藩草創期から功績のあった藩士や幕末から明治維新にかけて、活躍または殉難した志士の墓が点在し、現在は水戸市の史跡に指定されている。

アクセス 水戸市松本町13-34
尼子長三郎
鮎沢伊大夫
有賀半弥
尊攘志士
尊攘志士
東禅寺事件志士
鵜飼吉左衛門、鵜飼幸吉
大関和七郎
小河吉三郎
安政大獄殉難者
桜田門事件烈士
生野義挙志士
小澤寅吉
海後磋磯之介
勝村徳勝
北辰一刀流指南
桜田門事件烈士
刀匠
梶八次郎
金子孫二郎
川辺佐次衛門
勅諚事件志士
桜田義挙志士
坂下門事件烈士
黒沢忠三郎
斉藤留次郎
杉山秀太郎  杉山弥一郎
桜田門事件烈士
勅諚事件志士
敦賀殉難志士 桜田門事件烈士
杉浦羔二郎
関鉄之介
高橋多一郎  高橋庄左衛門
執政
桜田門事件烈士
桜田義挙志士
瀧口六三郎
田丸稲之衛門
茅根伊予之介
筑波山義挙志士
筑波山義挙志士
安政大獄殉難者

丹羽恵介
野村彜之介
蓮田一五郎
元治甲子志士
尊攘志士
桜田門事件烈士
林五郎三郎
原市之進
広岡子之次郎
元治甲子志士
幕政指導者
桜田門事件烈士
藤田小四郎
藤田東湖  藤田幽谷
本間玄調
筑波山義挙志士
側用人  彰考館総裁
医学者
前木新八郎
宮本佐一郎
森半蔵  五六郎
東禅寺事件志士
神道無念流指南
東禅寺事件志士  桜田門事件志士
山口辰之介
山中新左衛門
桜田門事件烈士
宍戸藩家老

安積覚の墓
徳川斉昭 側室の墓
水戸黄門の覚さんのモデル
回天神社
 回天神社は国事に殉じた士民の霊を奉る神社で、明治維新100年を記念して建てられた。境内にある回天館は、天狗党の志士達が収容された16棟のニシン蔵のうちの1つで、敦賀から移築されたもの。彼らはこのニシン蔵に押し込められ、過酷な日々を過ごした。彼らの西上の目的は慶喜への嘆願にあったが、容れられることはなく、350名以上が斬首されるという幕末最大の悲劇となって帰結した。
回天神社記念碑
水戸殉難志士墓碑(第1区と第2区)

ニシン倉
記念碑
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